2010年4月28日水曜日

フグ中毒・その2

(続き)
運び込まれた60がらみのおっちゃんは「漁師さん」
都市部の工業都市A市ですが海に面する地区があり
あの当時はまだかろうじて「漁師さん」がいた。
で、そのおっちゃんが自分でフグを釣って
「いつもやっているように」自分でさばいて
味噌汁に入れて食べながら仕事上がりの一杯をひっかけていたら・・・
しびれてきた。

もちろん「しびれた」だけですむ場合もありますが
このケースでは呼吸筋麻痺が急速に来ている。
とにかく気管内挿管をしないとまずいです。
ところが・・・フグ毒のやっかいなところは・・・
「筋肉の麻痺は進行するが意識ははっきりしている」
のです。
中枢神経への直接の抑制はあまり生じません。
つまりどう言うことかと言うと・・・
「意識ははっきりしているのにだんだん呼吸が止まっていくのが自分で分かる」
のです。
・・・・恐怖ですね・・・

そんな状態なのでおっちゃんパニック!
気管内にチューブを挿入するやり方は2通りありますが
どっちにしろ仰向けにして頭や首をしかるべき位置に据えないと出来ない。
パニックになったおっちゃんはストレッチャーの上で暴れまくる。
医療スタッフに事務当直の人にまで応援してもらっても抑えられない。
気道確保どころか末梢静脈の点滴を入れる事も出来ない壮絶な暴れ方。
まぁ・・・息が出来なくなるのが分かるのだから無理もありませんが・・・

こっちがどたばたしているうちに救急隊はしゅっ、と撤収していた。
・・・・
この隊には後日、別件でヤラレる事になるのです・・・

格闘約十分。
全員がへとへとになり何となく申し合わせたように顔を見合わせました。
「・・・・もう少し大人しくなるまで待とう・・・・」
暴れると言う事はまだ運動筋が完全には麻痺していないと言う事です。
完全に麻痺が進行すれば呼吸も止まりますが暴れなくなります。
全身麻酔がかかったのと同じ状態になるわけです。
おっちゃんはなぜかうつぶせになりたがる。
その方が彼にとってまだラクな姿勢なのでしょう。
そのままの状態で待ちます。
だんだんおっちゃんの動きが止まってきて喚き声も消えてきました。
・・・・静かになった・・・
「今だっっ!!」
えいやっ!と仰向けにひっくり返します。全身の筋力がなくなり
首とあごがぐらんぐらんになっています。いい感じ。
口を開かせスタイレットと言う器具を使いながら器官チューブを入れます。
麻酔がかかったのと同じ状態ですから今度は上手くいきました。
とりあえずアンビューバックで手動の呼吸補助を入れながら
骨董品の人工呼吸器につなぎ変えます。
教科書の「人工呼吸器の歴史」の項目に
モノクロ写真で掲載されているのでは、と危ぶむくらいの骨董呼吸器ですが
がっちゃんがっちゃんぶーぶーと音を立てながらも仕事はしてくれている様子。
その証拠に心拍・血圧は安定している。よしよし。
汗をぬぐいながら(主に冷や汗)転送先を探しにかかります。

意識が残っている状態での気管内挿管はもちろん難しいです。
結構太いチューブを鼻やら口から押し込まれるのですから
抵抗がありますし、咽頭部のいろいろな反射に妨害されます。
このおっちゃんが暴れているうちに挿管するのはどだい無理な話だったのですが
だからと言って、呼吸停止に至るまでじっと見て待つのも根性が要りました。
結果オーライだけれども挿管できなかったらどうなっていたやら。
「こっちがパニックもんだよ・・・」
ぶつぶつぼやきながら電話をかけます。

その当時は大学病院の3次救急とつながりがあったので
そこの当直指導医に泣きつきました。
「フグ中毒患者でして・・・」と電話で言うと
「・・・え゛っっ!!?・・・」と引き気味。
もう挿管してありますしバイタル安定しているのでお願いしますと言うと
とにかく連れて来なさい、と言う事になりました。
事例が事例なので別の救急車を呼んで付き添って大学病院まで搬送しました。
到着するとスタッフが大勢出てきててきぱきとおっちゃんを運び込んで
最新の呼吸器につないでくれます。
研修医たちは「フグ中毒」と言う珍しいケースに遭遇してちょっとうれしそう。
張り切って立ち回ります。
・・・・結果論かも知れないけれども・・・
こういう設備・人材の整った施設に始めから連れて行けっていっただろぉぉ!
あの救急隊リーダーの顔を空に思い浮かべながら無言で絶叫する私。

救急車で当直病院につれて帰ってもらいました。
その後の記憶が無いのですが
多分、その後は大した外来患者も来ず
病棟も安定していたのだと思います。
助かった・・・・

0 件のコメント:

コメントを投稿